スタートアップや中小企業が事業拡大を目指して検討することの一つが商標の登録です。会社設立時には創業者の思いや事業コンセプトなどを社名(商号)に込めるケースも多いですが、これを商標として有効活用するためには「シンプルで覚えやすい」「他の商標と類似しない」など知財ならではの専門的な観点も必要になってきます。本記事では、将来的な商標登録を見据えた、社名の付け方や商号変更時の注意点について解説します。GVA法律事務所では、企業法務に関する最新の情報や実務に役立つオンラインセミナーを開催しています。最新の法律トピックに関する記事、セミナー情報を受信できますので、ぜひメールマガジンにご登録ください。登録フォームはこちら商標と商号(社名)の違い「商標」と「商号(社名)」は良く似た名称ですが、適用される法律や使用目的が全く異なります。2つの違いを確認しましょう。商標とは 商標とは、事業者が自己の取り扱う商品・サービスを他人のものと区別するために使用するマーク(識別標識)で、文字、図形、記号、立体的形状などが該当します。2015年4月からは、動き商標、ホログラム商標、色彩のみからなる商標、音商標及び位置商標についても出願・登録できるようになりました。商標は特許庁の審査を受け登録されると商標法で保護され、権利者が独占的に使用できるようになります。商号(社名)とは 商号とは、企業などが営業活動を行うときに自己表示のために使用される商法や会社法および商業登記法に基づき登記された会社の名称です。商号は、同一所在地で同一商号がなければ自由に登記できるので、仮にある本店所在地に同一商号があっても本店所在地を変更すれば他社と同じ商号を登記できます。また、一度登記した商号でも株主総会の決議で変更することも可能です。なお、個人事業主が営業活動を行うときに自己表示のために使用する名称は「屋号」と呼びます。商号であっても屋号であっても、商標登録できるかどうかの違いはありません。商標と商号(社名)の権利の範囲と効力の違い商標権は、登録時に指定した商品・サービスに使用する登録商標の独占排他的な使用権のことで、他人による同一・類似範囲における同一・類似商標の使用を排除することができます。そのため、商標権者は商標権の侵害者に対し侵害行為の差し止めや損害賠償等の請求が可能です。ただし、商標権の効力は日本国内に限定されるため、外国で使用する場合にはその国での権利取得が必要です。商号に関する権利は、企業などが営業活動を行う際に使用する権利の他に、同一所在地における同一商号の登記禁止、不正を目的として他社と誤認されるおそれのある商号の使用禁止、と限定的です。また、知的財産である商標と異なり、企業が登記・使用できる商号は1つだけで譲渡などはできません。会社を設立する際に商号は必ず登記しなければならず、登記していない商号を自社の社名として使用することはできませんが、商標登録の対象となるサービス・ブランド名は登録しなくても使用することは可能です。ただし、他社が同一または類似の商標を使用しても排除することはできず、他社の商標が登録されている場合には逆に排除されるリスクがあります。商号(社名)を商標登録するケースいくら優れた商品・サービスを持っていてもブランドの知名度が低ければ、消費者はより知名度の高い他社ブランドを選択する可能性が高まります。ブランドは商品・サービスの品質・信頼性・イメージなどを表し、そのブランドを象徴する文字や図形で表現したものが商標なので、企業が事業活動を行う場合には自社ブランド=商標の宣伝活動は不可欠です。この際に商号と商標が一致していればブランドの宣伝活動は同時に企業広告にもなるのでより高い宣伝効果が得られます。ただし、商号は会社の本店所在地における同一商号の登記の有無をチェックするだけで済みますが、商標は会社の本店所在地だけでなく、同一商標はもちろん類似する商標の有無もチェックする必要があるため、権利を獲得するハードルが高いと言えます。もし、会社を設立した後や商号変更後に、同じ名称で商標登録を予定している場合には、事前の準備や調査を十分に行う必要があります。商標登録をふまえた商号(社名)の考え方商標登録を行う前提で商号の変更を検討する場合には、浸透しやすさ、将来の事業展開、商標権侵害の可能性、Web上の利用などの点をふまえておく必要があります。将来を見据えた商号(社名)選定のポイント商標登録を行う商号は、契約書、各種伝票、名刺、宣伝広告、Webページ、SNSなどさまざまな場面で長期に渡り使用することになるので簡単には変更できません。そのため、商標登録を見据えて商号を検討する際には以下の観点でチェックが必要です。覚えやすく、親しみやすい商標か商号が広く早く認知されるためには、シンプルで覚えやすく、親しみやすい名称が望ましいです。最近増えているアルファベットの商号の場合には、複数の読み方ができるものは避けて日本語でも英語でも読み方が変わらず聞き取りやすい名称が良いでしょう。また、会社法では社名の前後に「株式会社」「合同会社」など会社の種類を示す言葉をつけることが義務付けられているので、商標登録する場合には「株式会社〇〇」あるいは「〇〇株式会社」の「〇〇」の部分に記載する名称を対象にすることが多いです。なお、会社種類を商標に含めることは可能ですが、商標自体の識別力(誰の商品・サービスであるかを区別する力)に貢献しない可能性が高いので注意しましょう。事業内容や将来ビジョンをイメージできる商標か商品・ブランド名が確立されていることはもちろんですが、将来顧客となりえる潜在顧客が商標を見ただけで事業内容や企業のビジョンがイメージできれば、提供しているサービス・ブランドの理解度はさらに高まるでしょう。他社の商標や商号と類似していないか商号は登記する本店所在地が異なれば、他社と同じ商号を登記することが可能です。しかし、社会的に認知度の高い有名企業と誤認させるような商号を選択した場合には、最悪の場合不正競争防止法によって損害賠償を請求される可能性もあります。商標においても、自社の商号が他社の登録商標と同一または類似すると判断されると、商号の使用によって商標権侵害訴訟や損害賠償請求の対象になる可能性があるので、事前の調査は非常に重要です。登記されている商号は「登記・供託オンライン申請システム 登記ねっと 供託ねっと」※1の商号調査で、公開されている商標は特許情報プラットホーム「J-PlatPat」※2で確認できます。※1 登記・供託オンライン申請システム 登記ねっと 供託ねっと※2 特許情報プラットホーム「J-PlatPat」インターネットドメイン名やSNSアカウントの取得可能性も考慮しておくスマートフォンなどの普及によってインターネットの利用者が増加し今や広告媒体の主流はインターネット広告に移行しています。特に予算の少ないスタートアップなどは、費用対効果の高いホームページやInstagramやXなどのSNSを積極的に利用することが不可欠です。インターネットドメインやSNSアカウントも念頭に置き、商号に合わせて英語表記やローマ字表記などでドメインやアカウントが取得できるかも事前に確認しておくことをおすすめします。※「2024年 日本の広告費」設立時だけでなく、事業の成長を見据えて商標戦略を検討する単一事業だけを行う会社であれば「〇〇電子」や「〇〇エンジニアリング」のように商号に事業内容を反映すると分かりやすくなりますが、将来的に事業の多角化を考えている場合には特定業種のイメージはマイナスに作用することもあるので抽象的な商号を選択することも考えられます。このように、商号を商標登録して積極的な活用をする場合には将来の事業戦略や可能性をふまえた多面的な調査・検討が必要になります。網羅的な検討が難しい場合は、弁護士や弁理士などの知的財産の専門家に相談することも有効な手段です。既存の商号(社名)で商標出願する場合の注意点会社設立前であれば事前調査の上で商号を選択できますが、設立後になるとある程度浸透している商号を変更するのは大変なことです。既存の商号を商標登録するという可能性も出てきますがいくつか注意が必要です。最初にチェックしなければならないのは、自社の商号が他社の登録商標と抵触するかどうかです。特に、事業内容や提供サービスが類似している企業が存在する場合には、指定商品・サービスにおける商標権侵害のチェックは非常に重要です。調査の結果、商号を変更しなければ登録できないことが判明した場合もさまざまな対処方法が考えられますので、自分で決めつけすぎずに専門家のアドバイスも求めながら最善の対策ができるようにしておきましょう。商号(社名)と異なる商標を登録するケース商号での商標登録が難しい場合や、複数の商品・サービスを展開する場合などにおいては、商号ではなくブランド名で商標登録することが考えられます。将来的にそのブランドの知名度が向上すれば、社名をブランド名に合わせて変更することも可能です。たとえば「松尾糧食工業株式会社 ⇨ カルビー株式会社」「東京通信工業株式会社 ⇨ ソニー株式会社」「富士重工業株式会社 ⇨ 株式会社SUBARU」などの例があります。「商号(社名)」と「商標」は同一が望ましいが必須ではない「商号」と「商標」は、異なる制度や法律に基づき権利範囲も異なるため分けて考える必要があります。会社設立前であれば将来的な商標登録の可能性を考慮した上で商号の選択を行えますが、既に設立されているスタートアップや中小企業が商号の商標登録を検討する場合には、商号の変更も選択肢の一つになります。また、商標登録した商号を自社ブランドの商標とすることも可能ですが、商号を自社ブランドの登録商標に合わせて変更することも可能です。いずれにしても、「商号」と「商標」が同一であることのメリットは非常に大きくなります。どちらにしても、商号の変更を伴う可能性があるケースでは検討の難易度も高くなります。後で取り返しのつかないリスクを回避するために早い段階から弁護士や弁理士などの知的財産の専門家に相談することをおすすめします。