会社設立時には少額の資本金でスタートしたものの事業が順調に進んできたため、資本金を増やしたいと考える方もいらっしゃるかと思います。資金そのものが必要なケースもあれば、キャッシュフローは安定しており資本金額のみを上げたい、というケースも考えられます。増資の方法として追加で自ら出資することや他人から出資を受けること方法が一般的ですが、手間がかかるのがネックという方も少なくないのではないでしょうか。実は、金銭的な出資以外にも資本金を増やす方法があります。そのひとつが利益剰余金を資本金に組み入れることで、資本金を増加させる方法です。これを「利益剰余金の資本組入れ」と呼びます。本記事では利益剰余金の資本組入れについて詳しく解説します。利益剰余金の資本組入れとは?企業の財務管理において、利益剰余金の資本組入れは重要な手段の一つです。この章では利益剰余金の資本組入れの概要を解説します。利益剰余金を資本金に振り替える手続き利益剰余金とは会社がこれまでに得た利益のうち、配当などに充てずに社内に留保している資金のことを指します。一般的に「内部留保」とも呼ばれます。また、利益剰余金は「利益準備金」と「その他利益剰余金」に分けられます。利益準備金は、会社法に基づき積み立てが義務付けられている利益剰余金の一部で、剰余金を配当する前に、その10分の1を資本準備金または利益準備金として積み立てる必要があります。なお、この積み立ては資本準備金と合わせた法定準備金が資本金の4分の1に達するまででよいとされています。一方、資本準備金とは、株主が出資した金額のうち、資本金として計上しなかった部分を指します。これは将来的な支出や非常時に備えるための資金であり、会社設立時に税制上のメリットを受ける目的で資金の一部を資本準備金として計上するケースもあります。これらの剰余金や準備金は、資本金に振り替えることが可能です。過去には利益剰余金を資本金に組み入れることは法律で制限されていましたが、現在では「剰余金等の資本組入れ」として登記申請も行えるようになりました。なお、資本金への組入れ方によっては、債権者保護手続きが必要となる場合があります。利益準備金を減少させる際は原則として債権者保護手続きが必要です。ただし、すべての減少額を資本金に組み入れる場合や、定時株主総会において準備金の額の減少を決議した場合であってその減少額が欠損額を超えない場合など、この手続きが不要になるケースもあります。本記事ではこれらの組入れ手続きのうち、利益剰余金を資本金に組み入れるケースを対象に解説します。通常の増資との違い増資の方法にはいくつかの種類がありますが、その中でも「募集株式の発行」と「剰余金等の資本組み入れ」は代表的な方法です。募集株式の発行は、新たに株式を発行してその株式を投資家や既存の株主に割り当てることによって、会社に資金を払い込んでもらう手法です。この場合、会社に現金が実際に入ってくるため、事業拡大や運転資金の確保に役立ちます。一方、剰余金等の資本組み入れは、もともと会社の純資産の一部として計上されている「利益剰余金」や「資本準備金」などを資本金に振り替える手法です。そのため、会社は新たに現金を獲得するわけではありません。募集株式の発行のように株式を発行して資金を調達する方法は「有償増資」と呼ばれます。一方、剰余金や準備金を資本に組み入れるだけで新たな資金調達を伴わない増資は「無償増資」と呼ばれます。この2つの増資方法は目的や効果が異なるため、会社の状況や経営戦略に応じて適切な方法が選ばれます。よくニュースで耳にする「スタートアップ企業が増資で資金調達を行った」という場合、多くは有償増資を指します。スタートアップ企業は事業の成長段階において積極的な資金調達を必要とするため、募集株式の発行による資金調達が重要な手段となります。一方、設立からある程度の年数を経た企業においては無償増資が行われることもあり、これは資本構成の是正や株主還元などを目的とする場合が一般的です。無償増資を行う理由企業が無償増資を選択する理由としては、例えば資本金の額は企業の信用力や経営の安定性を示す一つの指標となるため、特定の状況においてその額を一定水準以上に引き上げたいという点があげられます。以下に具体的な理由を挙げて説明していきます。・補助金や特定業種の許認可申請の要件を満たすために無償増資を行うケースがあります。政府や自治体が提供する補助金には、申請企業の資本金が一定額以上であることを条件とするものがあります。・大手企業との取引開始や与信審査をクリアするために無償増資を行う場合があります。大手企業との取引を開始する際には、その企業の審査基準に応じた信用力が求められることがあります。この審査の一環として、取引相手の資本金の額が評価の対象となることが少なくありません。・金融機関や取引先が企業に対して与信審査を行う際にも、資本金が一定額以上であることが求められる場合があります。資本金の増加により財務基盤が強化されたとみなされるため、信用力の向上や取引条件の緩和が期待されます。資本組入れには株主総会の決議や登記申請が必要利益剰余金を資本金に組み入れる増資を行うには、株主総会での決議が必要です。この増資を実施するためには、まず利益剰余金を確定させる必要があります。そのため、通常は決算が確定し、利益剰余金が明らかになった段階で、定時株主総会で決議を行います。※年度途中に臨時株主総会を開催して決議を行うことも可能です。株主総会での決議は普通決議によります。なお、普通決議は総株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、その出席株主の議決権の過半数で決定する決議です(定款で別の定めがある場合を除きます)。株主総会で決議が必要な事項は減少させる剰余金の額(どの程度の剰余金を減少させるか)、増加する資本金額及び資本金増加の効力発生日です。なお、減少させる剰余金の金額は効力発生日の剰余金の額を超えることはできません。そのため利益剰余金がマイナスの場合はこの手続きが行えず、また、効力発生日における利益剰余金の額が資本に振り替えられる上限額となります。資本金の額が変更されたら2週間以内に登記申請を行う必要があります。利益剰余金を資本に組み入れることで資本金が増加するため、登記手続きが必要になります。利益剰余金を資本組入れするメリット・デメリット利益剰余金を資本組入れする上ではメリットもあればデメリットもあります。この章で具体的に解説します。 利益剰余金を資本組入れするメリット利益剰余金を資本組入れするメリットは以下の通りです。最大のメリットは、新たな出資をせずに、増資ができることです。また株主総会の決議だけで決定できるため、利益の蓄積があれば、通常の増資で必要な現金の調達や株価算定などの条件調整の手間を減らすことができます。補助金や許認可の申請時など資本金額の増加が求められる際に、手間をかけずに資本金を増額できます。さらに大手企業との取引開始時などに資本金額が確認される場合など、会社の信用力を手間や時間をかけずに向上できる点もメリットでしょう。利益剰余金を資本組入れするデメリット(厳密にはデメリットというわけではありませんが)そもそも利益剰余金の資本組入れによって現預金そのものが増えるわけでないため、新たな資金調達とはなりません。また資本金額に応じた課税額の変更などの影響もあります。資本金の額等が1億円以下の会社と資本金の額等が1億超の会社で扱いの異なるものには例えば以下のものがあります。法人税の税率欠損金の繰越控除接待交際費の上限30万円未満の少額減価償却資産の損金処理法人事業税の外形標準課税(ただし令和7年4月1日以降に始まる事業年度から、資本金が1億円以下であっても、外形標準課税の対象となる法人がある)利益剰余金の資本組入れの手続き・必要書類本章では、利益剰余金の資本組入れに必要な手続きや書類を解説します。手間や時間はかかりますが、自分で手続きをすることも可能です。株主総会の決議株主総会で普通決議が必要です。株主総会の開催は取締役会設置会社の場合、取締役会が決定し、代表取締役が招集します。株主総会開催後は議事録など適切な書類作成、登記申請の手続きを行います。登記申請の必要書類登記申請書登記事項などを記載した法務局に提出する書面です。今回のケースであれば「登記の事由」として利益剰余金の資本組入れを記載し、添付書類として株主総会議事録・株主リスト・減少に係る剰余金が計上されていたことを証する書面などを記載します。株主総会議事録減少する利益剰余金の額や増加する資本金の額や効力発生日などを決議した株主総会の議事録が必要です。株主リスト株主リストとは、企業が所有する株式の所有者をまとめた一覧表で、株主の名前や住所、所有株式数、議決権の数などの情報が記載された文書です。株主総会が適切に開催されたことを示すものです。減少に係る剰余金が計上されていたことを証する書面資本金に組み入れる剰余金が存在することを法務局に対して証明するための書面です。例えば、その他利益剰余金の資本組入れの場合、減少前のその他利益剰余金の額や資本金に組み入れたその他利益剰余金の額などを記載します。こちらについては法務局のホームページからひな形(テンプレート)をダウンロードできます。参考リンク:準備金・剰余金の額に関する証明書の例(その他利益剰余金の資本組入れの場合)これら書類は自分で作成することも可能ですが、専門家に依頼して手続きを代行してもらうのが一般的です。登録免許税増加した資本金額の1000分の7(その額が3万円未満の場合は3万円)を収入印紙として登記申請書に貼付するか、納付書を使って金融機関で納付します。オンライン申請の場合はインターネットバンキングを利用して納付します。メリット・デメリットや必要な手続きを把握して検討しましょう特に中小企業では金銭的な出資をせずに資本金を増やす方法を求めるニーズがあるため、「利益の資本組み入れ」は非常に有効な方法となります。ただし、増加後の資本金の額によっては税制上のデメリットが生じたり、また将来の資本政策に影響する可能性があったりと、ノウハウが求められる手続きでもあります。もちろん、自分で登記申請まで手続きすることも可能ですが、並行して専門家のアドバイスを得ておくこともおすすめします。本記事が利益剰余金の資本組入れについて理解を深めていただくきっかけとなれば幸いです。