2024年(令和6年)10月より、代表取締役等の住所を登記事項証明書上で一部非表示にできる新制度がスタートしました。これまで、登記事項証明書には代表取締役の詳細な住所が記載され、取引時や契約時の重要な確認資料として活用されてきました。しかし、個人情報の拡散やプライバシー保護の観点から、住所公開に不安を感じる経営者も少なくありませんでした。この制度について、「そもそも住所非表示の申請はどんな条件でできるのか」「いつからどのような手続きが必要なのか」「一度非表示にしたら変更はできないのか」などの疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか?本記事では、この住所非表示措置の具体的な申出方法や必要書類、実務上の注意点について、上場・非上場企業それぞれのケースで詳しく解説していきます。新制度を活用する際の判断材料として、ぜひ参考にしてください。※GVA 法人登記にて代表取締役の住所非表示の申出に対応しました。詳しくは以下のプレスリリースもご覧ください。参考リンク:20,000社以上の企業への導入実績「GVA 法人登記」代表取締役の住所非表示措置の申出手続に対応代表取締役等の住所非表示(非公開)措置とは?2024年10月から始まる新制度により、代表取締役等の住所を登記事項証明書上で一部非表示にできるようになりました。まずはこの制度の概要と対象範囲を解説します。登記事項証明書内の代表取締役の住所を非表示にできる制度登記事項証明書(履歴事項全部証明書を含む)には、これまで代表取締役の住所の詳細(番地やマンション名を含む)が記載されていました。この情報は、取引先との契約検討時や金融機関との取引など、さまざまなビジネスシーンで活用されてきました。しかし近年、個人情報の拡散や、意図しない営業活動への利用、さらにはSNSなどでの二次利用による被害など、プライバシーに関する問題が増加しており、懸念されていました。2022年9月1日から、DVやストーカー被害者などにおいては、裁判所への申立てと厳格な審査を経て住所を非公開にできる制度がありましたが、2024年10月1日からはこの保護の範囲が拡大され、代表取締役であれば住所の一部非表示を申請できるようになります。この制度では、下図のように表示方法が変わります。たとえば「東京都千代田区霞が関1-1-1」という住所の場合、「東京都千代田区」までは表示され、それ以降の詳細な部分が非表示となります。これにより、最低限の所在地確認は可能としながら、個人のプライバシーを守る仕組みが整います。特にスタートアップ企業の経営者など、これまで住所公開に不安を感じていた方々の起業の後押しになると期待されています。住所非表示のイメージ代表取締役等の住所を非表示にできる条件・対象2024年10月に施行されたこの新制度は、当面の間、株式会社のみが対象となります。対象となる役職は、一般的な代表取締役だけでなく、代表執行役や代表清算人も含まれます。重要なのは申出のタイミングです。この非表示措置は、本店登記がなされている法務局に新たに特定の住所を登記する際にのみ申請が可能です。つまり、管轄の法務局にすでに登記されている特定の住所を後から非表示にすることはできません。具体的な申請可能なケースは以下の通りです。会社設立時の登記新任代表取締役等の就任登記代表取締役等の住所変更に伴う登記代表取締役等の重任時の登記本店を他の登記所管轄地域に移転する際の新管轄(管轄外の本店移転)での登記特に注意が必要なのは、現在すでに登記されている代表者の住所です。これを非表示にするためには、住所変更や重任など、新たな登記申請のタイミングまで待つ必要があります。単独での非表示申請はできないため、登記が必要なタイミングを逃さないことが重要となります。非表示にするメリットもあればデメリットもある住所の一部を非表示にできる制度は、プライバシー保護の観点から大きなメリットがありますが、実務面では慎重な検討が必要です。2024年10月から始まる新制度のため、実際の運用で今後どのような課題が発生するかは、まだ不透明な状況です。想定されるデメリットとしては、以下のような点が挙げられます。金融機関からの資金調達において、審査上の不利益を被る可能性がある 新規取引開始時の与信チェックで、取引条件が不利になるリスクがある 各種手続きにおいて、追加書類の提出など事務負担が増加する 非表示申請には一定の準備と手続きが必要となる法務局からも、この制度利用による取引や手続きへの影響について、事前の慎重な検討を求める注意喚起がなされています。住所非表示によって、予期せぬ不都合や取引上の支障が生じる可能性があるためです。特に、取引銀行や主要な取引先に事前に確認を取るなど、自社の事業活動に支障が出ないかを見極めることが重要です。非表示措置の申請を検討する際は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することをお勧めします。自社の事業規模や取引形態に応じて、この制度を利用すべきかどうかの判断を専門家と共に検討することで、より適切な意思決定ができるでしょう。参考リンク:代表取締役等住所非表示措置について(法務局Webサイト)代表取締役等の住所非表示の申出方法住所非表示措置の申請では、特定の登記申請と同時に行う必要があります。具体的な申出タイミングと手続きの流れを確認しましょう。対象登記の申請時に併せて申し出る住所の非表示措置を受けるためには、登記申請書に必要事項を記載して申し出る必要があります。ここで重要なのは、この申出は必ず何らかの登記申請と同時に行わなければならないという点です。つまり、非表示措置だけを単独で申請することはできません。登記申請書には、非表示措置を希望する旨と、対象となる方の資格や氏名、住所などを明記します。具体的な記載方法や必要書類については後述しますが、申請時に記載漏れや書類不備があると、非表示措置を受けられない可能性があるため、事前に十分な確認をしておきましょう。住所非表示申出の対象登記となるケースの多い、代表取締役の住所変更登記について気は以下の記事もご参考ください。参考リンク:代表取締役の住所変更登記を自分で申請する方法と必要書類を解説上場しているかどうかで手続きが大きく異なるこの住所非表示措置の申請手続きは、会社が上場しているか否かで大きな違いがあります。上場企業の場合、必要な書類は非常にシンプルです。具体的には、金融商品取引所のホームページに掲載されている自社の情報を印刷したものなど、上場企業であることを証明できる書面があれば十分です。その書面には、会社の商号、設立年月日、代表取締役の氏名などの基本情報が含まれていればよいとされています。このように上場企業の手続きが簡素化されている理由は、上場企業としての特徴にあります。上場企業は、証券取引所の厳格な審査をクリアし、財務情報や株主構成、役員情報などを日常的に開示しています。様々な法規制も受けているため、追加の確認手続きが省略されています。一方、非上場企業の場合は、後述する通り、より詳細な確認書類の提出が必要となります。上場企業と非上場企業でこのような違いがあることを理解した上で、自社に必要な準備を進めることが重要です。代表取締役等の住所非表示措置の終了条件もある非表示措置は、一度認められても永続的に継続されるわけではありません。以下の場合には、登記官の判断により措置が終了します。会社から非表示措置を希望しない旨の申出があった場合会社の判断で非表示措置を取りやめることができます。この場合、申出書の提出のみで手続きが可能です。会社の本店が登記上の所在地で確認できない場合郵便物が返送されるなど、会社の所在が確認できない状況が続くと、非表示措置が終了します。実際の会社運営がなされていることが、制度を利用する前提となるためです。上場企業でなくなった場合上場企業としての簡易な手続きで非表示措置を受けていた会社が、株式譲渡制限会社になるなど、上場企業でなくなった場合は措置が終了します。ただし、非上場企業向けの手続きで改めて申請することは可能です。登記が閉鎖された後、復活事由が生じた場合たとえば、清算結了で閉鎖された登記について、未処理の財産が見つかるなどの事由で登記を復活させる場合には、非表示措置も終了します。これらの終了条件は、制度の適切な運用と、登記情報の信頼性を維持するために設けられています。特に、本店所在地の確認や上場状況の変更については、日常の会社運営に関わる部分ですので、注意が必要です。非表示の終了は単独で申請可能住所非表示措置を終了したい場合(前述の1に該当)は、新たな登記申請を待つ必要はありません。法務局が用意している「代表取締役等住所非表示措置を希望しない旨の申出書」を提出することで、いつでも終了の手続きを行えます。申出書には以下の内容を記載します。申出年月日会社の商号本店所在地申出人(会社代表者)の住所、資格、氏名非表示措置を終了したい代表取締役等の住所、資格、氏名申出書には会社の登記所届出印の押印が必要です。また、代理人が手続きを行う場合は、代理人の情報と権限を証する書面も必要となります。手続き自体はシンプルで、この申出書を管轄の法務局に提出するだけです。参考リンク:代表取締役等住所非表示措置を希望しない旨の申出書(法務局Webサイト)代表取締役等の住所非表示の必要書類・ひな形住所非表示措置の申請に必要な書類は、上場企業と非上場企業で大きく異なります。具体的な書類と記載方法について詳しく解説します。登記申請書への記載方法・書き方住所非表示措置の申請は、登記申請書に必要事項を追記する形で行います。具体的な記載例を見ていきましょう。※出典:法務局 代表住所変更登記申請書テンプレート基本的な登記申請書の記載事項(代表取締役の住所変更の場合)会社法人等番号商号(会社名)本店所在地登記の事由(例:代表取締役の住所変更)登記すべき事項(役員に関する事項、資格、住所、氏名など)登録免許税額ここで、住所非表示措置を希望する場合は、以下の内容を申請書の末尾に追記します。代表取締役等住所非表示措置を希望する旨非表示措置の対象となる方の「資格(代表取締役等)」「氏名」「住所」また、申請時には以下の添付書類が必要になることも併せて記載します。株式会社が受取人として記載された配達証明書及び郵便物受領証住民票の写しや印鑑証明書など(代表取締役等の氏名及び住所が記載されている市町村長等による証明書)実質的支配者に関する証明書類このように、通常の登記申請書の記載事項に加えて、非表示措置の希望を明確に示す追記が必要となります。記載漏れがないよう、書類作成時には細心の注意を払いましょう。添付書類⑴ 上場会社の場合上場会社が住所非表示措置を申請する場合、必要な添付書類は非常にシンプルです。以下の書類だけで申請が可能です。金融商品取引所のホームページの該当ページを印刷したもの掲載内容に以下の情報が含まれている必要があります。会社の商号(社名)設立年月日代表取締役の氏名その他登記事項と一致する基本情報なお、既に住所非表示措置を受けている場合は、上場証明書類の再提出は不要です。また、上場証明書類に会社代表者の署名や押印は必要ありません。手続きの簡便さは、上場会社の大きなメリットといえるでしょう。⑵ 非上場会社の場合非上場会社の住所非表示措置申請には、以下の書類が必要です。通常の登記申請と比べると準備すべき書類が多くなりますので、余裕を持って準備しましょう。なお、既に住所非表示措置を受けている会社が新たに申請する場合は、代表者の住所証明書類(住民票の写し、戸籍の附票の写し、または印鑑証明書のいずれか)のみの提出で手続きが可能です。必要書類詳細備考本店所在地の確認書類①配達証明郵便の証明書(郵便物受領証と配達証明書)※商号・本店所在地が登記と完全一致が必要②資格者代理人(司法書士等)による本店確認書どちらか一方で可代表者の住所証明書類①住民票の写し②戸籍の附票の写し③印鑑証明書いずれか一つ登記申請時に提出済みなら不要実質的支配者の証明書類①司法書士確認の実質的支配者記録写し②公証人認証の実質的支配者供述書(※1)③定款認証時の実質的支配者申告受理及び認証証明書(※2)いずれか一つ実質的支配者リストの保管申出をしている場合は不要※1 公証人認証の供述書は、申請日の属する年度またはその前年度のものに限る。実質的支配者の氏名、住居、生年月日の記載が必要。※2 会社設立の日の属する年度またはその翌年度に行われる場合に限る配達証明郵便の手続きには時間がかかるため、余裕をもった準備が必要です。また、提出書類の不備があると受理されず、手続きが遅れる可能性があるため、事前に内容をよく確認することをお勧めします。メリット・デメリットを検討し、制度をよく理解した上で住所非表示制度を活用しましょう2024年10月から開始した代表取締役等の住所非表示措置は、個人情報保護の観点から重要な制度となっています。申請する際、特に非上場企業の場合、本店所在地の確認書類や実質的支配者の証明書類など、複数の準備書類が必要となります。申請は新規の登記申請と同時に行う必要があり、単独申請はできません。また、取引先や金融機関との関係も考慮すべき点です。「住所を非表示にできる」という点のみが独り歩きし、デメリットや手続きの手間を理解せずに進めてしまうことがないよう、外部の専門家のアドバイスも取り入れながら制度の趣旨を理解し、自社の状況に合わせて適切に活用していくことが重要です。