会社と取締役等の役員の関係が悪化してしまったり、役員が不正行為を行なっている場合などに、役員を解任するという方法が考えられます。しかし、会社法上、役員の解任には一定の手続きが必要な旨が定められており、「正当な理由」のない解任は会社が損害賠償義務を負うケースもあり注意が必要です。本記事では役員の解任について必要な手続きや「正当な理由」について解説します。役員の解任とは?そもそも役員の解任とはどのような意味なのでしょうか。役員の解任とはどのようなものか、辞任や退任との違いについて解説します。会社の役員(取締役・監査役)の任を解くこと役員の解任とは、文字通り役員(取締役、監査役)の任を解くことをいいます。解任の対象としてはおもに代表取締役、取締役、監査役が該当します。会社法上、役員は会社と委任関係にありますが、こうした委任関係を株主総会決議により任期途中で強制的に終了させることが解任に当たります。この解任は株主総会において行使される議決権の過半数の賛成を得ることで可能です。解任は解職と呼ぶケースもあります。役員の解任は主に株式会社や有限会社において問題となります。これに対して合同会社などの持分会社においては似た用語として「社員の除名」があります。社員の除名も役員の解任も共通するのは、当事者本人は辞める意思が無いにもかかわらず強制的に辞めさせてしまうというところです。役員本人の意思に反して職を解くため、解任はその前後でトラブルや紛争になる可能性が高く、手続きについても適法な手続きを経ていることが要求されるため、専門的な知識を持った上で臨む必要があります。代表取締役を解任(解職)するケースもある代表取締役は取締役の中から選定されますが、代表取締役としての地位のみを解消する場合も解任や解職と呼びます。この場合には代表取締役としての地位のみが失われるだけで取締役としての地位には影響しないことから取締役としては残ることになります。これに対して代表取締役の取締役としての地位を解任する場合には、代表取締役としての地位の前提を失うため、取締役だけではなく、自動的に代表取締役としての地位も失われることになります。このように、代表取締役の場合は、「代表取締役の解任(解職)」と「取締役の解任」の2つは意味合いが全く異なるため、使い分けには注意が必要です。役員解任に必要な手続きでは、役員解任にはどのような手続きが必要となるのでしょうか。ここでは役員解任に必要な手続きについて解説します。株主総会での決議役員は株主総会決議により株主から選任され、前述の通り会社とは委任関係にあります。そのため、その委任関係を解消し、解任するためには、取締役の場合、株主総会決議(特殊普通決議)が必要となります。株主総会の特殊普通決議とは、原則として行使できる議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数によって決議する方法をいいます(定款に定足数を排除する規定がある場合であっても行使できる議決権の3分の1以上を有する株主の出席が必要)。また、監査役の解任には、株主総会の特別決議が必要です。なお、取締役を解任する株主総会は定時株主総会でも臨時株主総会であっても可能です。また、役員の解任は株主総会決議による方法が一般的ですが、株主総会決議で否決された場合であっても裁判所へ解任の訴えを提起する方法によって役員の解任を請求する方法もあります。解任の訴えは、職務執行について、不正行為、法令・定款違反の行為があったにもかかわらず、解任議案が株主総会で否決された場合に株主総会の日から30日以内に裁判所に訴えを提起することによって可能となります。代表取締役の解任は取締役会決議一方で代表取締役の地位のみを解任する場合には株主総会決議は必要無く、原則として取締役会決議で可能となります。株主総会の開催は招集手続きが法定されており、期間制限などが非常にシビアとなっているため、株主総会の開催が必要な場合と比較すると開催の負担が少ないと言えるでしょう。また、代表取締役の解任により唯一の代表取締役がいなくなる場合は、後任の代表取締役を選定する必要があるため、注意が必要です。なお、取締役会非設置会社の場合には代表取締役の選定方法は、①株主総会決議②取締役による互選③定款による指名の3つの方法があります。取締役非設置会社における代表取締役の解任は代表取締役の選定方法と同じ方法で解任手続きを行う事になります。ただし、注意が必要なのは①の場合は株主総会決議によって、③の場合には定款変更によってそれぞれ代表取締役を解任することになりますが、この場合には代表取締役の地位と取締役の地位が一体となっているため、代表取締役の地位のみを解任することはできません。②の取締役の互選(取締役の過半数の意見の一致)の場合のみ、代表取締役の地位のみの解任が可能だという点は押さえておきましょう。役員解任の登記申請役員解任を行なった場合には登記手続きが必要となります。役員、つまり代表取締役や取締役、監査役の解任があった場合には登記が必要ということになります。登記の期限は、解任の効力が発生してから2週間となっています。登記手続きが完了し解任が登記されると、登記事項証明書(登記簿謄本)上は、解任があったことが記録として残ることになります。登記に必要な費用としては登録免許税が必要となります。登録免許税の額は3万円(資本金1億円以下の会社は1万円)となります。役員解任の登記申請の必要書類役員解任の登記申請の必要書類にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは取締役を株主総会決議によって解任した場合の必要書類について解説します。登記申請書登記手続きには登記申請書が必要となります。登記申請書の書式は法務局のWebサイトに掲載されているものを参考に作成するのが良いでしょう。※なお、法務局Webサイトでは役員解任そのものの書式は提供されていないのでご注意ください。取締役の解任による役員変更の登記申請書には、次のような記載が必要になります。「登記の事由 取締役の変更」「登記すべき事項 令和〇年〇月〇日取締役××××解任」株主総会議事録前述の通り取締役を解任するためには株主総会の普通決議が必要となります。株主総会議事録はこうした株主総会で取締役が解任されたことを証明するために添付書類として必要になります。株主リスト株主リストとは、その会社の株式を保有する所有者を一覧にしたリストのことで、株主の名前や住所、保有する株式数が記載されたものとなります。全ての株主を記載する必要は無く、①議決権の割合の合計が、3分の2に達するまで又は②上位10位に達するまでのいずれか少ない人数の株主を記載します。委任状登記手続きを弁護士や司法書士など法律の専門家へ委任する場合には委任状が必要になります。役員解任における正当な理由とは前述の通り株主総会決議があれば役員の解任は可能です。しかし、正当な理由の無い役員解任は解任された役員から会社に対し損害賠償請求がなされるリスクがあります。そこで、「正当な理由」について解説します。役員解任により損害賠償を請求されるリスク会社法において役員解任と「正当な理由」については以下の様に定められています。2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。つまり株主総会決議による解任自体は「正当な理由」の有無にかかわらず有効となるが、正当な理由が無い場合には損害賠償が可能となる旨を定めているのです。損害賠償の範囲については一般的には残りの任期期間の報酬額が相当すると言われています。解任の正当な理由の例では、どのような理由が「正当な理由」に該当するのでしょうか。ここからは実際の事例を交えて解説します。健康上の理由健康上の理由から取締役を解任したことについて正当な理由があると判断した事例として最高裁昭和57年1月21日判決(民集135号77頁)があります。この事例では、代表取締役を務めていたXは持病の高血圧症、脳血栓に心筋障害も加わり症状が悪化したというもので、株主総会決議により取締役を解任されたXは解任された月から役員報酬20ヶ月分の損害賠償請求を会社に対して行なったというものでした。これに対して最高裁は正当な理由があると認められるとして損害賠償請求を棄却しています。不適切な行為(不正行為、背任行為、法令違反行為など)不正行為を理由に取締役からの損害賠償請求を認めなかった事例として、東京地裁平成30年3月29日判決(判例タイムズ1475号214頁)があります。この事例では、取締役会で虚偽説明を行ったり、職務上の不正行為を行ったりしたことを理由に解任された取締役に対して、会社の損害賠償義務が否定されています。能力不足・不適任職務にあたっての能力不足や不適任を理由に正当な理由があると判断した事例として、東京高裁昭和58年4月28日判決(判時1081号130頁)があります。この事例では、監査役が、税理士として会社のために行なった税務処理において、明白な過誤があり、その結果として会社に損失を与えたという事案で、東京高等裁判所は監査役として著しく不適任である判断し解任に正当な理由があると認められました。「経営方針の不一致」「仲違い」経営方針の不一致や他の取締役との仲違いを理由に解任されるケースもありますが、こうしたケースでは正当な理由が認められない可能性がある点には注意しましょう。実際に東京地裁昭和57年12月23日判決(金融商事683号43頁)では、会社の代表者との仲違いや関係の悪化に解任の最大の原因があるものと判断し、正当な理由の存在を否定しました。任期満了での退任や辞任勧奨の検討をこのように役員の解任には損害賠償をされるリスクがあり、社内や取引先へ影響する可能性もあります。特に登記事項証明書には解任が記載されるため風評被害やそれに伴う株価の下落といったリスクも考えられます。事前のコミュニケーションを経ずにいきなり解任するのでなく、次の任期満了での退任や、任期中であれば本人からの辞任を勧奨するなどして、損害賠償リスクを減らす方法を検討する必要があるでしょう。法律の専門家のアドバイスも重要役員の解任は頻繁に発生する事象では無く、会社も対応に不慣れなため、解任によるリスクの検討や株主総会招集手続の手間など会社側の負担が大きいといえます。解任に当たっては、弁護士など法律の専門家のアドバイスも受けながら、解任以外の選択肢も検討した上で対応することが重要となります。解任を行なう場合には、正当な理由が無いと主張して役員が訴訟を提起する場合にも備えておく必要があるでしょう。