株式会社の取締役が任期途中で辞任する際には、辞任届を提出することが一般的です。しかし、辞任届について「どのように書けばよいのか」「誰にどのように提出すればよいのか」などの疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。取締役の辞任届は登記手続きの添付書類として使用されるため、記載内容に不備があると登記が受理されない可能性もあります。本記事では、取締役の辞任届の書き方や提出方法、注意点について解説します。取締役の辞任届とは?取締役の辞任届は、どのような場合に必要となり、どのような効果を及ぼすのでしょうか。ここでは、辞任届の意義、提出による法律効果について解説します。取締役(役員)を辞任することを意思表示する書面まず、取締役や監査役などの役員と会社との関係は「委任関係」であり、民法の委任に関する規定が適用されます。民法上、委任関係は意思表示によっていつでも解消できるため、取締役も原則として、いつでも意思表示によって辞任することができます。ただし、取締役会設置会社の唯一の代表取締役が退任する場合は、原則として取締役会を招集して取締役会に対して辞任の意思表示をする必要があります。そのため、取締役会の開催を待って辞任をすることになります。なお、代表取締役である取締役が辞任する場合は、代表取締役と取締役の両方の地位を退任することが一般的です。しかし、例えば代表取締役社長が代表権のない取締役会長に就任するケースなど、代表取締役の地位のみを辞任し、取締役としての職務を継続することもあります。ただし、会社の機関設計や代表取締役の選任方法によっては、代表取締役の地位のみの辞任が認められない場合もあるため、注意が必要です。辞任の意思表示の方法は、民法上は特に規定されておらず、口頭でも有効です。しかし、辞任の登記手続を行う際には、辞任届の添付が必要です。そのため、実質的には辞任届の作成は必須となります。辞任届の提出を受けないことによるリスク取締役から辞任の意思表明があっても、辞任届がない状態で会社が本人と連絡が取れなくなったり、辞任の意思を撤回されたりした場合、会社は辞任登記を申請できなくなる可能性があります。場合によっては、株主総会で解任決議を行う必要が生じ、その事実は登記簿にも記録されるため、対外的には社内紛争があったかのように見えてしまいます。さらに、本人が辞任の事実を否定した場合には紛争に発展する可能性もあるため、会社側は対応を慎重に進める必要があります。口頭で辞任の意思表示があった場合、辞任届は必ず作成し、後述する要件に従って押印や添付書類を整えた上で、申請期限内に登記を完了することが重要です。取締役(役員)が辞任する背景取締役には任期があるため、退任する際には任期満了をもって退任するのが一般的です。しかし、健康上の理由で業務の継続が困難な場合、不祥事の責任を取る場合、経営陣の間で不和がある場合、あるいはグループ内での人事異動が必要となる場合などには、任期途中で辞任することもあります。上場会社の取締役の任期は1~2年と短いため、業績不振などの責任を取る場合でも、任期満了をもって退任する例も多いです。一方、非公開会社で取締役の任期を10年に延長している場合、任期途中で業績不振を理由に辞任するケースもあります。不祥事や業績不振の引責辞任の場合、事実上解任に近い形となりますが、実務上は会社が本人に辞任勧告し、本人が辞任届を提出して辞任扱いとする例も多くみられます。なお、任期満了による退任の場合、辞任届の作成や提出は必要ありません。辞任時に取締役の員数を欠いてしまう場合の注意点取締役は、原則として、いつでも辞任の意思表示を行うことで辞任できますが、即時に取締役としての権利義務を免れない場合があります。取締役会非設置会社で唯一の取締役が辞任する場合や、法令や定款所定の取締役の員数が欠ける場合、辞任した取締役は後任取締役が就任するまでの間、取締役としての権利義務を負うことになります。取締役会設置会社であれば取締役は3名以上置く必要があるため、3名の取締役で構成される取締役会において、1名が辞任した場合、新たな取締役が就任するまでの間、辞任した取締役は実質的に取締役としての権利義務が継続する状態(権利義務取締役)となります。この間取締役の辞任登記のみを申請しても受理されず、必ず後任者の就任登記と併せて登記を申請する必要があることに注意が必要です。取締役の辞任届の作成方法・ひな形(テンプレート)取締役の辞任届は、どのような形式で作成し、何を記載すべきなのでしょうか。ここでは、辞任届の作成方法・ひな形について解説します。辞任届に記載すべき項目辞任届に記載すべき主な事項は以下のとおりです。会社名宛名は「(会社名) 御中」とするのが一般的ですが、「(会社名) 代表取締役◯◯殿」のように会社名に続けて代表者名を記載することもあります。辞任する職位と辞任する旨辞任する職位は、事案に応じて「取締役」、「代表取締役」、「監査役」または「取締役及び代表取締役」と記載します。辞任日辞任の効力発生日を明記します。過去に遡って辞任することはできないため、辞任届の作成・提出日以降の日付を記載します。辞任する者の氏名(署名または記名押印)辞任する役員の氏名を記載します。押印要件については次のセクションで詳しく説明します。その他の記載事項として、以下の事項を記載するのが一般的です。辞任の理由実務上、「一身上の都合」と記載するのが一般的です。辞任する者の住所住所の記載は必須ではありませんので、記載しないケースも多くみられます。なお、辞任日付前に代表取締役の住所に変更があった場合には、住所変更の登記も必要となるため注意が必要です。辞任届の作成年月日辞任届の作成年月日を記載する箇所ですが、実務上、辞任日付を記載することも多いです。辞任届に特定のフォーマットはないが、押印することが望ましい辞任届には必ず記載すべき事項がありますが、特定のフォーマットは定められていません。登記申請の際には、必要事項を記載した辞任届を提出する必要があります。では、辞任届に押印は必要でしょうか。実は、一般の取締役の場合、辞任届に押印がなくても、登記手続き上は問題ありません。もっとも、辞任届の信頼性の確保、トラブル防止の観点からは、押印のある辞任届とすることが望ましいです。その際の押印の種類は、代表権のない取締役または代表印を届け出ていない代表取締役が辞任する場合は、認印の押印で足ります。もっとも、この場合でも、本人の意思を確実に担保するためには、自署や実印での押印を求める方が安心でしょう。他方、代表印を届け出ている代表取締役が辞任する場合は、辞任届に代表印または個人の実印を押印する必要があります。また、代表印を届け出ている代表取締役が存在しない場合の代表取締役の辞任届には、個人の実印の押印が必要です。個人の実印を押印した場合は、辞任の登記申請時に印鑑証明書を添付する必要があります。また、辞任届をPDFなどの電子データで作成し、電子署名を付与したうえで電子証明書を送信する方法も認められています。辞任届のひな形(テンプレート)一般的な辞任届のひな形は以下のとおりです。会社の代表者名や辞任する取締役の住所は、記載を省略する場合もあります。法務局のウェブサイトに掲載されている登記申請書の様式とともに辞任届のひな形も掲載されているため、そちらを参考にするのもよいでしょう。参考リンク:法務局ウェブサイト / 役員変更登記申請書様式また、ダウンロードしてすぐに使える辞任届のテンプレートも用意しました。お急ぎの方はご参考ください。株式会社 取締役の辞任届テンプレートダウンロード取締役の辞任届の提出方法取締役の辞任届は、誰に、どのように提出すればよいのでしょうか。ここでは、辞任届の提出方法や注意点を解説します。代表者でない取締役が辞任する場合代表権のない取締役が辞任する場合、辞任届は代表取締役に提出します。代表取締役が辞任する場合代表取締役が辞任する場合、他に代表取締役がいる場合は、その代表取締役に対して辞任届を提出します。取締役会設置会社の唯一の代表取締役が辞任する場合、原則として取締役会を招集して辞任の意思表示をすべきとされています(東京高裁判決昭和59.11.13)。また、取締役会を開催しなくても、取締役全員に辞任の意思表示が了知された場合にも辞任の効力が発生するとされた例もあるため(岡山地裁判決昭和45.2.27)、辞任届を添付したメールを取締役全員に送信するといった方法も考えられます。取締役会設置会社以外の会社の唯一の取締役が辞任する場合、当該代表取締役が幹部従業員に辞任の意思表示を受領する権限を与え、この従業員に対して辞任の意思表示を行うことで、辞任の効力が生じることになります(仙台高裁判決平成4.1.23)。辞任届の作成にあたっては、記載事項や押印要件などに注意が必要取締役の辞任届には決まったフォーマットがある訳ではありませんが、必須記載事項が適切に記載されていない場合や、必要な押印がされていない場合には、辞任届の効力に疑義が生じたり、登記が受理されない可能性があるため注意が必要です。また、辞任する取締役の地位や機関設計等によって辞任届の提出先も異なるため、適切な提出先と提出方法を確認し、正確に手続きを行うことが重要です。取締役に欠員が生じる場合には、辞任届を提出しても取締役としての権利義務を免れない可能性もあります。そのため、辞任に際しては時間に余裕を持ち、事前に関係者と相談のうえで辞任のタイミングを調整できる関係を作っておくことが望ましいでしょう。